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6月8日「自由と責任」

こんばんは、コーベェです。

今日は、僕が囲碁が好きな理由のひとつ「自由と責任」について書いてみたいと思います。
これはコインの裏表の関係と似てて、自由だけがあるとか、責任だけ負わされるなんていうのはありえません。
手品用の両方表柄のコインは別(笑)

囲碁は361(9路盤なら81)の交点の何処に打つのも自由です。自分の好きなところに打てます。
打てますが、前に打った石を活かす責任も発生するわけです。
その責任を果たさないとどうなるか、石がバラバラになって、負けてしまいます。


ただ、漫然と石を並べるだけでは、勝負には勝てません。そこに計画的な石の使い方、戦略が必要になってきます。
この辺勢力圏にしたいなあとか、地は取ったから、相手の大模様になりそうなところ消しとくかとか

自分の戦略(信じた可能性)に従って打てても勝つとは限りませんが、それで負けるのは納得がいきます。
戦略は正しかったけど、手順や手段を間違えたのかもしれません。
手順や手段は最善やったのに負けたら、そのときは戦略が間違ってたと自分の負けを認めればいいのです。

ネット碁で、終局してるのに駄々をこねて、負けを認めない人は、たまに居ますが、早く気がついて欲しいもんです。まあ、ネットの匿名性が責任を薄めているんでしょう。

囲碁は、自分の打った石に責任をもってこそ自由に好きなところに打ってもいいのです。

いつも、応援ありがとうございます。
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コメント

 
「自由と責任」 これは人生と同じですね
自由のない人生なんてつまらないし、自由には責任が付きまとうということです
よく自由を履き違えている人がおられます
自由=好き放題では けしてありません
政治家や戦国武将も「自由と責任」を身につけるために囲碁を愛したのかもしれませんね
菅 直人総理 琴棋書画 の一環として囲碁を義務教育に取り入れてみてはいかがでしょうか コーベェさんもそう思いませんか
小学校で、書道や音楽、図工があるんやから、囲碁があってもおかしくはないですね。
奈良遷都1300年にちなんで、遣唐使の吉備真備ぐらいがブームにでもなれば・・・期待できるかも

コメント

 
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まとめ
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